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名古屋高等裁判所 昭和47年(う)367号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人作成名義および弁護人阿久津英三作成名義の各控訴趣意書、被告人および弁護人共同作成名義の控訴趣意書補足事項と題する書面にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらをここに引用する。

弁護人および被告人の各控訴趣意中事実誤認の論旨について。

所論は要するに、被告人は、非常勤の事務員として各勤務先の経理事務を担当し、その事務の一端として確定申告書等の数字を記入していたにすぎず、何ら税理士業務を行つていないし、かつ、自己の行為が税理士法に違反するものであるとの認識がないのにかかわらず、原判決が原判示の事実を認定し、被告人を有罪としたのは事実誤認であり、右誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌のうえ、検討するに、原判示事実は原判決挙示の各証拠によつて優に認めることができる。

すなわち、原判決挙示の各証拠によると

(1)、被告人は、昭和三九年始めころ税理士池田義夫事務所の事務員として三年間税理士業務の補助をなし、昭和四二年一月右事務所を退職するに至つたが、その際被告人が同事務所に勤務中に関与していた七件位の顧客から退職後も引続き税務書類の作成等をしてもらいたい旨の依頼を受け、被告人もこれに応じ右七件の事業所に随時出向いて帳簿類の整理、税務書類に必要事項を記載する等の事務に関与し、次いで、右各事業所からの紹介などで、昭和四六年当時法人一五件、個人一三件位に関与し同様の事務をするようになつたこと、

(2)、(イ)、株式会社酒井商店においては、被告人は非常勤の社員ということで月に一、二回、決算期には月に五乃至一〇回位出社し、給料ということで月額一万円、決算期には別個に一万円位の支給を受け、毎月元帳と補助簿の照合をし、期末利益の有無などについて相談を受け、法人税確定申告書の必要事項を記入したりし、昭和四四年九月ごろ国税局の税務調査があつた際に被告人がこれに立ち合つたことがあり、更に、会社役員個人の所得税確定申告書類の作成をしたことがあること、昭和四六年ごろ会社が小出税理士に税務書類の作成等を依頼するようになつたので、会社は被告人との関係を解消したこと、(ロ)、有限会社安藤業務店においては、被告人は、月に一、二回出社し、帳簿関係の仕事をし、法人税の申告期には確定申告書の必要事項を記入していたこと、会社は被告人に対し月額二、〇〇〇円宛支払つていたこと、(ハ)、成和工業株式会社においては、被告人は、毎月一、二回出社し、帳簿関係の整理をし、決算期には決算書類の作成、法人税申告期には確定申告書の必要事項を記入し、税務署の調査の際は被告人がこれに立ち合つたことがあること、報酬は初期には月額四、〇〇〇円乃至五、〇〇〇円、昭和四六年現在は八、〇〇〇円、決算期の八月にはボーナス形式で二万円乃至三万円であること、(ニ)、大脇一元は個人企業として鉄工業を営んでいるが、被告人は、月一、二回出向き、元帳の整理をし、所得税の申告期には、大脇一元が出す資料にもとづいて被告人が確定申告書に必要事項を記入していたこと、大脇は被告人に毎月五、〇〇〇円位支払い、年二回ボーナス形式で二万円程度支払つていること、(ホ)、江端資和は個人企業として菓子卸業を営んでいるが、被告人は月一、二回出向き、金銭出納、売上、仕入等の帳簿を整理し、所得税の申告期には確定申告書に必要事項を記入していたこと、江端は被告人に対し月六、〇〇〇円宛給料形式で支払い毎、ボーナス期には二万円位支払つていたこと、(ヘ)、馬場重光は個人企業として布はく製造卸業を営んでいるが、被告人は月に一、二回出向き、帳簿の整理をし、所得税申告期には確定申告書に必要事項を記入し、税務署の調査の際に立ち合つたことがあること、馬場は被告人に対し毎月三、〇〇〇円乃至六、〇〇〇円、年末には賞与として昭和四二年当時には五、〇〇〇円乃至六、〇〇〇円、昭和四六年現在では二万円を支払つていること、(ト)、磯野真一郎は個人企業として運送業を営んでいるが、被告人は月一、二回乃至四、五回出向き、帳簿類の整理をし、所得税の申告期には確定申告書等に必要事項を記入していたこと、磯野は被告人に対し毎月三、〇〇〇円宛、毎年一二月には二万円程度支払つていたこと、(チ)鈴木保彦は個人企業として自動車鈑金塗装業を営んでいるが、被告人は毎月二、三回出向き帳簿類記帳の指導、月末の収支計算、元帳の記載をし、所得税申告期には確定申告書に必要事項を記入していたこと、鈴木は被告人に対し毎月五、〇〇〇円宛(昭和四六年現在は七、〇〇〇円)、毎年一二月には賞与という形式で三万円位支払つていたこと、(11)岩井清は個人企業として理髪業を営んでいるが、月に一、二回緑風荘アパートの被告人の居室((5)参照)へ現金出納帳などを持参して被告人より指導を受け、所得税申告期には確定申告書類に必要事項を記入してもらつていたこと、被告人に対し昭和四四年一〇月まで毎月二、〇〇〇円、それ以後は三、〇〇〇円宛支払つていたこと、被告人から、自分は税理士の資格は無いから他人には税理士に仕事を頼んでいると言つてくれては困るといわれたことがあること、以上いずれの場合にも、確定申告書には会社代表者あるいは企業主が作成者として署名捺印のうえ所轄税務署に提出していたものであること、

(3)、被告人は、昭和四二年一月ころから合資会社大昌プリントに正式社員として勤務している形式をとつたが、これは社会保険等の関係で必要のためそうしたまでで、勤務は非常勤であること、

(4)、被告人は前記(2)の(イ)乃至(チ)において、伝票、帳簿等の作成、記帳など本来それぞれの企業の事務員がなすべきことを非常勤の事務員ということで処理していたが、これは税務書類の作成の基礎となるものであるからであり、税金の申告期には前記のように税務書類に必要事項の記載をしてきたが、それらの記載は各企業主の指示により機械的に記載したものでなく、被告人が各資料にもとづいて自ら判断して必要事項を記載していたものであること、右のような事務は主として各企業の事務所あるいは企業主の居宅で行つていたが、多忙の際には後記(5)の被告人の居室である緑風荘アパートの一室で右のような事務の処理をしたことがあること、各企業先の事務所等での勤務時間には定めはなく、被告人の気の向いた時、あるいは、被告人が必要と感じた時に出向いていたこと、

(5)、被告人が緑風荘アパートの一室を借りたのは、住居が手狭になり、やむなく夫婦の寝室用として借りたものであること、

が認められる。

右認定の各事実にもとづいて考察を進める。被告人が非税理士であり、もちろん税理士会に属していないものであることは明らかである。関与先各企業の法人税あるいは所得税の確定申告書類に必要事項を記載するに当つては、被告人が各企業主のため所定の要件に適合するかどうか自ら判断して記載し、それに、各企業の代表者あるいは企業主が署名押印して右書類を完成させていたものであることが認められるから、被告人が作成名義人として明記していなくても、被告人の所為が税理士法二条二号の税務書類の作成に該当するものであることはいうまでもない(最高裁判所昭和四一年三月三一日第一小法廷決定参照)。被告人は右税務書類を法人税あるいは所得税の申告期に原判示のように反覆継続して作成していたのであるから、これを業として行なつたものと認められることはもちろんである。進んで、被告人が税理士法二条にいう他人の求に応じ右税務書類の作成をしたことに該当するか否かを検討する。関係各証人は、原審公判廷において、いずれも被告人を各企業体外の第三者としてではなく、各企業体内部の非常勤の事務員として雇傭していたものである旨供述し、被告人も非常勤かつパートタイム的勤務の事務員であつたのであるから、各企業主と被告人との間には右税理士法二条にいう「他人の求に応じ」という法律関係は生じない旨弁解しているが、前認定のように起訴に係る分においても被告人が関係した企業体は法人三件個人六件の多数に上り勤務時間は全く不規則であり、また、被告人が勤務時間に拘束されることはなく、給料の名目で支払われる金額は勤務時間に比例するものでないのであるから、いわゆるパートタイマーの場合とは本質的に異つていること、各企業主は、被告人が確定申告書等の税務書類作成の知識経験を有していたので、それを利用するため被告人に依頼したもので、毎月の帳簿類も右税務書類作成に必要な限度で被告人に目を通してもらつたり、指導を受けたり、あるいは、整理をしてもらつていたものであることが容易に推認できる。従つて、各企業主が被告人を非常勤の事務員という形式で依頼したのは、被告人に税務書類を作成してもらうという単にそれだけの目的であつたと認められること、また、被告人も単にそれだけの目的のためにこれらの事務をそれぞれ行なつていたものであることが推認できる。それらを綜合すると、各企業主と被告人との関係を、所論のように雇傭関係とみるのは相当でなく、税務書類の作成を主たる目的とする事務処理に関する有償の委任契約関係と解するのが相当であるから、前示各企業体と被告人との間に、右税理士法二条の「他人の求に応じ」という法律関係が生ずることは明らかであるというべきである。各企業主より被告人に対し毎月給料という名目で支給されている金員につき、被告人においてこれを給与所得として申告し所得税を納付していた事実があつたとしても右の判断を左右するものではない。また、法人の経理担当の従業員は、非税理士であつても、雇傭主のために税務書類の作成を業とすることが許容されていると一般に理解されていることは所論のとおりであるが、これは右従業員が雇傭関係に基づき雇傭主たる法人のためにその本来の業務としてなす関係にあるので、あたかも法人自ら税務書類の作成をするのと同一視しうるからであつて、本件の被告人の立場を所論のような法人の経理担当の従業員と同一視することはできない。されば、原判決には、所論のごとき判決に影響を及ぼすべき事実誤認は存しないというべきである。もつとも、原判決が緑風荘アパートの一室を事務所であると認定したことは、前認定の事実よりして誤りであるが、税理士法五二条違反の罪が成立するには事務所の有無は関係がない(税理士が事務所の設置を義務付けられていることとは別個の問題である)のであるから、原判決の右事実の誤認は判決に影響を及ぼすものではない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意中法令解釈の誤りの論旨について。〈以下中略〉

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り、本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。(野村忠治 小沢博 横山義夫)

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